かつての社会では、 神が生きる指針であり、 身分や社会的な立場も、 誕生と共に確定した。 現代は、 社会全体に共通する価値観が 失われてしまった時代。 多様な価値観が認められるがゆえに、 善悪の判断基準もあいまいとなり、 「何が本当によいことなのか」 わからずに不安が生まれている。 しかし、 近代に「自由な存在として人間」 という価値観が生まれて以降、 生きる意味は自分で考えるしかなくなった。 人間は、 「生きる意味が定められていない」 という不安定さを受け入れ、 各自でゴールを模索していくしかない。 ハイデガーは、 人間が限界を持ち、 いつか死ぬからこそ、 死から目を背けず、 自分固有の生き方を選び取る 可能性を持つのだと説いた。 また、サルトルは、 人間は本質を持たないまま生まれ、 自分で本質を見つけ出していくしかないとした。 人生に決まった答えは示されない。 神の存在が否定され、 自由な社会が実現した現代だからこそ、 人は生きる意味を自分で探さなければ ならなくなった。 現実との折り合いをつけながら、 自分固有のあり方を探っていくしかないのが、 現代の生のあり方なのだ。