Liberal Arts {Article530}

ようこそ「リベラル・アーツ」へ...

禅僧が教える心がラクになる生き方 【南 直哉】



【動作環境】iPhone[○], Android[○], Windows{Microsoft Edge[○], Google Chrome[○]}
◆まとめ

死後のことをいくら考えても答えは出ないのだから、
気楽に生きて、最後はあっさりと消えていけばいい。

人生には後悔がつきものだが、
それを無理に消そうとせず、
抱えたまま生きていけば、
いつかその後悔に意味を見出せる時が来る。

大切なのは「やりたいこと」ではなく
「やるべきこと」を積み重ねることであり、
自分のためではなく人のために動くことで、
結果的に「生きていてよかった」
と思える日が増えていく。

今いる場所に縛られる必要はなく、
どんな環境もたまたまそうなっているに
過ぎないのだから、
自分がどこにいるかは自分で決めればいい。

ほとんどの問題は生きるか死ぬかのレベルではなく、
冷静に対処できるか、誰かの助けを借りるべきか、
それともやり過ごせばいいのかを見極めることで
解決の糸口が見えてくる。

人間関係の悩みが人生の大半を占めるが、
大切なのは感情と出来事を切り分けて考えること。

状況を冷静に分析すれば、問題の本質が見え、
適切な対応ができるようになる。

そして、「この状況を何とかしなければ」
と焦るよりも、
一歩引いて別の視点から見ることで、
これまで見えなかった景色が広がり、
解決策が見つかることもある。

◆「この世」より
「あの世」を心配するのは筋違い

いくら死後を思いわずらっても、
「死」については誰にもわからない。

だから気楽に考えて、
あっさり消えて行けばよい。

◆後悔は、抱えたまま生きればいい

亡くなった人への後悔が残るのは当たり前のこと、
無理に打ち消そうとせず、
その後悔を抱いて生きると腹をくくれば、
いつか、そこに「意味」を発見する時が来る。

◆「生きているのも悪くないな」
と思える人生を生きる。

自分のためではなく、「人のため」と考える。

やりたいことではなく、「やるべきこと」をする。

そこを目指せば、「生きててよかったなあ」と、
思える日々が重なっていくはず。

◆「置かれた場所」で咲けなくていい

全ての物事は、
一つの条件によって成立している「仮のもの」。

どんな場所も人間関係も絶対ではない。

そこに居るか居ないかは、
自分自身で選べる。

「置かれた場所で咲きなさい」という言葉がある。

「幸運にも自分が置かれたい場所に
置かれたのならともかく、
誰かに一方的に置かれた場所でただ咲けとは
一体何を言っているのか。

その「置かれた場所」とは、
たまたま置かれたに過ぎない場所である。

そこにいるかいないかは、
自分自身で選べる。

本当につらいのは、
その選択の余地がない時である。

◆生きるか死ぬか以外は大したことではない

深刻な問題ほど冷静になって、
自分で対処できるのか、
誰かの助けが必要なのか、
やり過ごせばいいのかを見極める。

それが、問題を「取り扱い可能」にする。

◆悩みは人間関係の中でしか生まれない

自分ひとりの思い込みで動いても、
人間関係は上手く調整できない。

「感情」と「今起きている出来事」
を切り分けて考えれば、
問題は解決へと一歩近づく。

どんなに深刻な問題も、
そのほとんどは「自分をめぐる人間関係」
についてのことである。

その人が誰とどのような関係にあり、
どこに不具合が起きているのか。

登場人物が見えてきて、
はじめて問題の本質がわかる。

そして、なぜ今、
その感情が露わになっているのかが浮き彫りになる。

人間関係の問題を考えるときに大事なのは、
「つらい」「憎い」「嫌いだ」の話と、
「今起きている出来事とは」、
別のものだと理解すること。

要するに、冷静になって「考える」。

例えば、「上司が嫌いで会社に行くのがつらい」
というのは、
性格的、あるいは人間的に合わないのか、
それとも、仕事上で「上手くいかない」のか。

前者なら、仕事上の必要以外に接触する時間を
極力減らし、
さらに相手を適当に褒めるかおだてるテクニックを
身につけると、
状況はかなり改善する。

後者なら相手を仕事に係る条件として配慮しつつ、
当面の課題に集中する。

その場合、最終的な手柄を相手に譲る覚悟で臨むと
事態は好転しやすい。

◆「この状況を何とかしなければ」
と思うのは自分を追い込んでしまうだけ。

今の自分とは違う視点があると気づくと、
見える景色がガラッと変わる。