Liberal Arts {Article229}

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ファスト&スロー 【2】



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◆あなたの会社で
セールスパーソンを採用するとしよう。

あなたが真剣に最高の人材を
雇たいと考えているなら、
やるべきことは次のことだ。

まず、この仕事で必須の適性
(技術的な理解力、社交性、信頼性など)
をいくつか決める。

欲張ってはいけない。

6項目がちょうどよい。

あなたが選ぶ特性は、
できるだけ互いに独立した
ものであることが望ましい。

また、いくつかの事実確認質問によって、
その特性を洗い出せるものがよい。

次に、各項目について質問リストを作成し、
採点方式を考える。

5段階でもよいし、
「その傾向が強い、弱い」
といった評価方式でもよい。

このわずかな投資で、
採用する人材のクオリティは
大幅に向上するはずだ。

◆研究から得られる重要な結論は、こうだ。

封筒の裏に走り書きするような
アルゴリズムで十分だということである。

簡単な計算式で、
最適な重みづけをした計算式に
十分対抗できることが多いし、
専門家の判断を上回る可能性も高い。

このことは、
ファンドマネージャーによる銘柄選定から
医師または患者による治療法の選択に至るまで、
幅広い分野に当てはまる。

◆予測精度を最大限に高めるには、
最終決定を計算式にまかせるほうがよい。

とりわけ、
予測可能性が低い環境についてはそう言える。

◆調査結果によると、
評論家の予測に比べれば、
現状維持・プラスの変化・マイナスの変化に
単純に同じ確率を割り当てるほうが
ましだった。

言い換えれば、
特定の分野を日頃から多大な時間を使って研究し
それで食べている評論家たちは、
ダーツを投げるサルよりもお粗末だった。

得意分野とするものについてさえ、
専門外の人を大幅に上回る成績は
上げられなかった。

◆予測は可能だとする錯覚は
いっこうに消え去る気配がない。

そこにつけ込んでいるのが、
予測を仕事にしている人たちである。

投資アドバイザーだけでなく、
政治や経済の評論家もそうだ。

◆評論家連中の錯覚

過去は容易に説明できると感じられるため、
大方の人は未来が予測不能だとは
考えようとしない。

私たちは過去について辻褄の合った後解釈をし、
それを信じ込む傾向がある。

そのせいで、
自分たちの予測能力には限界があるとは
なかなか認めたがらない。

あらゆることが、後知恵で見れば意味を持つ。

だから金融評論家は毎晩その日の出来事について
説得力のある説明を披露できる。

そして私たちは、
今日後知恵で説明がつくなら
昨日予測できたはずだ、
という直感をどうしても払い去ることができない。

過去をわかっているという錯覚が、
未来を予測できるという過剰な自信を生む。

◆残念ながら、
ある会社の将来性を評価するスキルだけでは、
株取引で成功するには十分ではない。

なぜなら株取引における重要な問題は、
その会社に関する情報がすでに株価に
織り込まれているかどうかを
見極めることだからである。

この決定的な問題に答える能力は
トレーダーには欠けているように思われるが、
彼らは自分たちの無知に気づいていないようだ。

◆重要なのは、
ファンドの運用成績は、
どの年をとっても前年実績との
相関関係はきわめて小さく、
ゼロをほんのわずか上回る程度である。

つまり、ある年にうまくいったファンドは、
ほとんど幸運のおかげなのだ。

サイコロの目がよかったということである。

きわめて効率的な市場においては、
高度な知識に基づく推測は
あてずっぽうより正確とは言えない。

◆投資ファンドは、
経験豊富なうえ猛烈に働く
プロフェッショナルが運用しており、
彼らは巧みな売り買いを通じて、
顧客のために望みうる最高の結果を
達成できると考えられている。

にもかかわらず、
50年間にわたる調査の結果には議論の余地がない。

彼らの運用成績は、
ポーカーよりもサイコロ投げに近いのである。

少なくとも投信ファンド3件に2件は、
どの年をとっても、
市場全体のパフォーマンスを下回っていた。

◆的確な銘柄選択で市場を打ち負かす能力を
持ち合わせたファンドマネージャは、
ほとんどいない。

ファンドマネージャを含むプロの投資家は、
成績の安定的な持続という基本的な
能力テストに軒並み不合格である。