Liberal Arts {Article230}

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成功は時間が10割【1】



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◆私たちは時間について、
「命の次に大事」という言い方をするが、
これは間違いである。

時間こそは私たちの「生」そのものなので、
「時間=命」である。

◆私たちは経済活動の中で
「金」と「モノ」を交換していると思っているが、
それは錯覚である。

私たちがお金と交換しているのは、
物品や不動産やブランドなどではなく、
実は「時間」である。

つまり、
私たちの生活のすべては
時間が基準になっている。

◆会社の経営者たちは社員から買い取った時間を、
別の人に売ることで利益を得ている。

つまり、
「時間の卸問屋」みたいなもの。

あるいは「時間の流通業者」と呼んでもよい。

◆私たちは生きるために仕事をする。

1日のうちの何時間かを仕事に費やし、
そうして得たお金で生活している。

つまり「仕事」というのは、
言い換えると「時間の売買」である。

◆あらゆる作業の結果として生じる
「成果、評価、報酬、達成感」などは、
すべて「時間」を形にしたものである。

この前提に立った時、
その形(成果、評価、報酬、達成感)
が見えない作業は、
「時間」をドブに捨てたのと同じである。

◆「好きなことを仕事にする」のではなく、
「仕事を好きになる」

◆感動と驚きの多い時を過ごせば、
「人生の時間」は長く濃いものになり、
つまらない時は、逆に短く薄いものになる。

◆すべての道具は
「長生き」のために作られた。

「楽しい時間が増えれば寿命が
延びたことと同じである」
と気付いたホモ・サピエンスたちは、
その時間を生み出すために様々な道具を発明した。

◆「充実した時間が少なければ
寿命が短い(時間が減る)」、
そして「充実した時間が多ければ
寿命が長い(時間が増える)」
と言える。

つまり、
物理的な時間は同じでも
「長生き」できる。

◆物理的な時間を長く生きても
「長生き」にはならない。

「充実した時間」こそが
「長生き」の要諦。

私たちが長生きしたいというとき、
そこには無意識にある条件を付けている。

その条件とは、
「健康である」のは当然として、
「充実した時間」
「喜びにあふれた時間」
をもっての長生きである。