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武器になる哲学〔1〕認知的不協和【山口周】



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◆認知的不協和 【レオン・フェスティンガー】

人は、自分の行動を合理化するために、
意識を変化させる生き物。

朝鮮戦争当時、米軍当局は、
捕虜となった米兵の多くが短期間のうちに
共産主義に洗脳されるという事態に困惑していた。

今日では、
この時に中国共産党が実施していた洗脳技法が
どのようなものであったかが、
明らかになっている。

誰かの思想・信条やイデオロギーを
変えさせようとする場合、
私たちは一般に、反論を強く訴えて説得したり、
あるいは拷問にかけたりしなければ
難しいのではないか、と考えがちである。

しかし、
中国が実際にやったのは、
全くそういうことではなかった。

彼らは捕虜となった米兵に
「共産主義にも良い点はある」
という簡単なメモを書かせ、
その褒賞としてタバコやお菓子など、
ごくわずかなものを渡していた。

たったこれだけのことで、
米兵捕虜はパタパタと共産主義に寝返ってしまった。

この洗脳手法は、
私たちの感覚からは大きく外れるように思える。

思想や信条を変えさせるために
褒賞を渡すということは、
つまり「思想・信条を買い取るためのワイロ」なので、
多額の報酬でなければ効果がないように思われる。

ところが、米兵捕虜は、
思想・信条を変えるに当って、
タバコやお菓子しかもらっていない。

これは一体どういうことか?

この不可解なエピソードは「認知的不協和理論」
によって説明することができる。

認知的不協和理論の枠組みに沿って、
米兵捕虜の中でどのような心理プロセスが
経過したかをなぞってみる。

まず、自分はアメリカで生まれ育ち、
共産主義は敵だと思っている。

ところが捕虜になってしまい、
共産主義を擁護するメモを書いている。

この時、贅沢な褒賞が出ていれば、
「贅沢な褒賞のために、仕方なくメモを書いた」
ということで、
「思想・信条に反するメモを書いた」というストレス
は解消されることになる。

しかし、実際にもらったのはタバコやお菓子などの、
些細な褒賞でしかない。

これでは「思想・信条に反するメモを書いた」
というストレスは消化されない。

ストレスの元は「共産主義は敵である」という信条と
「共産主義を擁護するメモを書いた」
という行為のあいだに発生している
「不協和」なので、この不協和を解消するためには、
どちらかを変更しなくてはならない。

「共産主義を擁護するメモを書いた」
というのは事実であって、
これは変更できない。

変更できるとすれば「共産主義は敵である」
という信条の方なので、
こちらの信条を「共産主義は敵だが、
いくつかの良い点もある」と変更することで、
「行為」と「信条」のあいだで発生している不協和の
レベルを下げることができる。

これが米兵捕虜の脳内で起きた洗脳のプロセスである。

私たちは「意志が行動を決める」と感じるが、
実際の因果関係は逆だ、
ということを認知的不協和理論は示唆する。

外部環境の影響によって行動が引き起こされ、
その後に、発現した行動に合致するように意思は、
いわば遡求して形成される。

つまり、人間は「合理的な生き物」なのではなく、
後から「合理化する生き物」なのだ、
というのがフィスティンガーの答えである。

事実と認知とのあいだで発生する
不協和を解消させるために、
認知を改める。

これは人間関係などでもよくある。

好きでもない男性から、
あれこれと厚かましく指示されて手伝っていたところ、
そのうちに好きになってしまった、ということがある。

これも認知的不協和のなせるわざと考えられる。

「好きではない」という認知と
「あれこれと世話をしている」
という事実は不協和を発生させる。

「あれこれと世話している」
という事実は改変できないので、
不協和を解消させようとすると「好きではない」
という気持ちを、
「少しは好意があるかも」と改変してしまった方が楽。

かくして、傍若無人にあれこれと命令されて、
最初は迷惑そうにしていた女性が、
しばらくすると恋に落ちているということになる。

社会の圧力が行動を引き起こし、
行動を正当化・合理化するために
意識や感情を適応させるのが人間である。