◆車輪などを一方向にのみ回転させるための装置を 「ラチェット(歯止め)」という。 定められた方向とは逆に動こうとすると、 ラチェットが制止するので、 車輪は必ず一方向にだけ動く、 装置のこのような働きを「ラチェット効果」と呼ぶ。 「運が良い」といわれる人は、 どうやらこれと同じような「装置」を、 自分の中に持っているようだ。 何かをすれば、 当然、良い結果もあれば、悪い結果も出る。 始める前から、 結果が果たしてどちらに転ぶか、 完璧に予測することは不可能であろう。 だが、「運が良い」といわれる人は、 実は、自分のしていることが 悪い方向に転がり始めたら、 いつでも動きを止められるよう準備をしている。 状況が悪化し始めたときには、 素早くその場から逃げ出すことができるのだ。 不運をつかんでしまったら、 すぐに手放して、 さらに悪いことが起きないようにする。 しかし、大部分の人にとって、 それは簡単なことではない。 理由は2つの心理的な障害が立ちふさがるからだ。 ●障害1:人は「自分が間違っていた」 とはなかなか言えない 投資家のジェラルド・ローブは、 ウォール街で最も「運が良かった」 人物と言ってもいい。 ローブは、運を思い通り操る方法を知っていた。 「ラチェット効果」という言葉を、 ローブが知っていたかどうかはわからない。 だが、運を操るのにそういう「装置」が必要なことは よく理解していた。 物事はいつも自分の都合の良い方向には転がらない。 それをよくわかっていて、 少しでも悪い方向に転がり出したときには、 即座に対応できるよういつでも準備をしていたのだ。 だから、彼の運が一定以下に悪くなることはなかった。 相場が悪くなり始めると、 彼は即座に退場したのだ。 そのため、活況のときに稼いだ分は ほとんど減らずに残った。 ローブの方法を簡単にまとめると、 次のようになる。 まず、購入する株を選ぶ。 購入前には、誰でも十分に情報を集め、 識者の助言なども参考にするだろう。 最後は直感に頼る人もいるかもしれない。 ただ、どういうふうに株を選んだにしろ、 その株が将来どうなるかは、 まったく予測できない。 他人の行動を操ることができないのと同じだ。 株式投資も、 一部は完全に偶然に左右されてしまう。 とはいえ、一つ確かなこともある。 それは、遅かれ早かれ、 どの株であれ、価格が下がるときは 必ずあるということだ。 そのときに「ラチェット効果」を働かせるのが、 ローブのやり方である。 自分の所有する株の価格が、 購入後の最高値よりも10%から15%下落したら、 その株は即座にすべて売却してしまう。 その価格が、購入時の価格よりも高くても、 安くても関係なく、必ずそうするのだ。 この方法では、利益が保証されないのは明らかだ。 立て続けにいくつもの株を買ったら、 途端にすべて10%下がってしまう、 というのも十分あり得ることである。 だが、そんなときでも、 辛い思いをこらえて売却しなくてはならないのだ。 つまり、小さな損をすることは常に覚悟して、 利益が上がるのを待たねばならないということである。 ローブのやり方の利点は、 大損は絶対にしないということだ。 ラチェット効果は幸運をもたらすというより、 不運から身を守ってくれるものと 考えるべきかもしれない。 損ばかりする人に共通する特徴は、 まず「自分を賢く見せたい」 という気持ちが異常に強いことだ。 もちろん、自分を賢く見せたい、 賢く見られたいという欲求は、 誰もが共通して持っているものだ。 しかし、良い結果を得たいと思うのなら、 その欲求をうまく抑える必要がある。 自分を賢く見せたいという欲求が強すぎると、 間違いを認めることができなくなってしまう。 ラチェット効果は、 株式投資だけでなく、 人生のあらゆる場面で有効である。 自分の判断、行動が間違っているとわかったら、 即座に、勇気を持ってそれを変えることが大事なのだ。 そうすれば、判断の誤りによる悪影響を ほとんどなくすことができる。 ロナルド・レイモンド博士は、 「運が悪い」とされる人の結婚や人間関係に 共通する傾向を発見した。 彼らのなかには、 「絶対に自分とは合わない」 とわかっている相手と長くつき合ったり、 結婚をしたりしている人が多いのだ。 早い段階で行動すれば、 こじれて身動きがとれなくなる前に 関係を断ち切れるのに、それをしない。 なぜか? うまくいかないとわかっている結婚を 中止できないのは、 そうしたら、多くの人に自分が愚かであると 知らせることになってしまうからである。 間違った電車に乗ってしまったら、 一刻も早く降りるべきである。 「運が悪い」といわれる人は、 よくこのように「手遅れ」になってしまう。 ラチェット効果は、 早いうちならば、大きな力を発揮する、 確かに嫌な思いはするし、勇気はいるけれど、 動きはじめたばかりなら止めるのは比較的簡単だし、 それで失うものも、 ほとんど(まったく)ないことが多い。 しかし、「早いうち」と呼べる時期は、 あっという間に過ぎ去ってしまう。 その時期を過ぎると、 さまざまな「しがらみ」がまとわりつき、 どんどん身動きがとれない状態になっていく。 そうなると、 もうどうすることもできない。 おそらく一生そのままだ。 同様のことは仕事についても言える。 「好きでもない仕事に就いて、 辞めることもできなくなっている人が どのくらいいるか、 それを考えると悲しくなる」 とヘッドハンターは言う。 そういう人でも、 若いうちならば、 案外簡単に身動きがとれたはず。 しかし、 同じ仕事を長く続けるほど、 辞めるのは難しくなっていく。 ●障害2:投資したものを捨てるのは難しい ここでいう投資には、 お金だけでなく、愛情、時間、努力など、 お金以外の投資も含まれる。 また、そのうちの一つではなく、 お金と努力、愛情と時間、 時間と努力などを組み合わせて 投資する場合もあるだろう。 このように具体的内容はさまざまだが、 いずれにしろ、 その投資は本人にとって大事なものであり、 守るべきものであるはずだ。 だが、何かに投資したけれど 結果が思わしくなかったという場合、 投資したものをすべて諦めて捨てなければ、 先には進めない。 自分が間違っていたと認めるのも辛いが、 投資したものを諦めて捨てることも、 同じくらい辛いことである。 ときには、そちらのほうがはるかに辛い場合もある。 しかし、捨てないでそのままにしていると、 いつまでも悪い状況から抜け出すことはできない。 状況が悪化していくなか、 どうすることもできずに もがくだけになってしまう。 前出のローブの場合は、 株価が一定以下に下がれば、 たとえそれで投資した大金が無駄になろうとも、 即座に売却を決めていた。 ときには、資産の10分の1が一気に 失われるようなこともあったが、 それでもためらわなかった。 「10分の1を失っても、残りの10分の9はまだある。 それで十分」というわけである。 投資家のなかには、まるで「便秘」 になってしまったような人が多い。 ほんのわずかなお金でさえ、 自分から出ていくのを極端に嫌がる。 たとえ、それが破滅につながるとしても、 持っているものに執着し、 手放すことを拒否するのだ。 大きく得をするために小さな損を厭わない。 たとえ小さな損が続いても受け入れる。 それが、ギャンブルにしろ投資にしろ、 長い目で見て「勝つ人間」に共通する特徴である。 勝つ人間は必ずそうだ。 そしてこれは、 人生において「運が良い」とされる人 すべてに共通する特徴とも言える。 売りどきを知っていること。 そして、売るべきときに売れる勇気があること。 それは、人生で成功するための必須条件である。 彼らは、たとえば恋愛などにおいても、 不満を抱えたままずるずる関係を続けたりはしない。 これまで投資してきた「愛情」を 無駄に捨ててしまうことになっても、 早い段階で関係を断ち切る。 変化がいつでも幸運に結びつくわけではない。 結びつくのは、 次の二つの場合だけだ。 一つは「目の前に絶好のチャンスが訪れた場合」 である。 絶好のチャンスが訪れたなら、 変化を厭わず、 勇気を持ってそれをつかみ取らなくてはいけない。 もう一つは「自分の置かれた状況が悪化し始め、 待っていても良くなる見込みがない」 という場合である。 待っていても好転しないことがわかっているなら、 早いうちに動かなくてはならない。 身動きが取れなくなる前に、 その場を離れなくてはならないのだ。 これが「ラチェット効果を働かせる」 ということである。 勇気とラチェット効果、 運を良くするには、 この二つの要素が欠かせない。 ラチェット効果をうまく働かせることができる人は、 状況を一定水準より悪化させることがない。 だから、目の前にチャンスが訪れたときにも、 恐れることなく、つかみ取ることができる。 そのチャンスにリスクが伴うとしても、 つかみ取る勇気が出るのである。 彼らは、こう考えているはずだ。 「チャンスに手を伸ばせば、 失敗して何かを失うかもしれない。 でも、失うのはそう大きくならない。 大きくしない自信が私にはある」 転職した先で仕事がうまくいかなかったとしても、 つき合い始めた人との関係が悪化したとしても、 買った株が下がってしまったとしても、 「これはダメだな」とわかれば即座に撤退できる。 そういう自信があれば、 怖いものはほとんどないだろう。 こう考えていくと、 運というものは 「一定の範囲内でならコントロールの効くもの」 と言えるかもしれない。